ごきげんよう。
人生100年と言われるこのご時世…更年期という老化がはじまってるのにまだ折り返し地点だよ、後半は生き地獄ですか?
昇給も賞与もない最低賃金の職場から転職して約半年…奮闘むなしく現在無職です。
転職先を探さずに踏み切った退職は、蓄えで当面はしのげるものの、当然ながら生活にも心にも余裕がなくなる。
毎日のように2時間無給の早出と残業。3Kなだけに過労とストレスでメニエール病と偏頭痛が悪化。
止まらない吐き気、延々と周り続ける頭、音も光りも匂いも苦痛、痛いのに棒で突き刺したくなる頭、ベッドから微塵も動けない。
ムダに意識だけはしっかりしていて、この程度では死ぬことはないだろうという実感からとにかく耐えた。
救急車を呼べば点滴や注射で早く楽にはなるだろうけど、元同僚からアンナコトやコンナコト…想像するだけで恐ろしい。
休職から強引に退職に持っていったけど。
メンタルにも影響が出て、いや、本当はメンタルの方がもうやられてたんだと思う。
社会は怖い。
仕事ができる人・長く勤めている人が正義、稼げる人が偉い。仕事ができれば社会性がなくても人格が歪んでいてもいい。人を蹴落としてでものし上がろうとする仕事への意欲。
そんな価値観で人を操ろうとする。
だがしかし、働いてお金があれば何でもできて幸せかというとそうでもないことも知っている。
働き盛りは大して親戚付き合いもせず、自分が身の回りのことができなくなった途端、何でもかんでも電話をかけてくるようになった父の義理姉。血のつながらない義理妹であるうちの母に毎週のように電話で助けを求めてくる。
家事代行も公的な支援も、金銭的には十分受けられる、食材ですらネットでも買える時代だというのに、そんな発想すらなく、情報を与えても知ろうともしない。
有り余るほどの土地と建物。なのに何一つ、お金で解決しようとしない。
そんな身内を「かわいそう」と足しげく通い援助しているのは母なので、まぁ私には実害はないのだけれど。
「何でもやってあげたい病の母」は、今の時代わからないことも多く、何かと私に頼ってきてはかわいそうな人の問題を解決しようとする。
車椅子生活しててケアマネ入っているらしいが、受診するなら介護タクシーの話くらい出るでしょ?おかしくない?
母が叔母の家まで行くだけでも往復1時間以上かかるのに、運転できる旦那もいるのに、病院の送迎とか、買い物とか、来てくれっておかしくない?
そのへん問い詰めると「知らない、だってそこまで言えないし聞けないでしょ?あの家のことなのに。」
なら私に聞くなよでしかない。
現在と将来の生活費すらままならない働き方で、養育費や助成金にお世話になり、持病を増やし身を削りながら必死で働く私を、そういう生き方しかできないんだから仕方がないし、そんな私を「恵まれている、幸せだ」と言う母。
もちろん私も子供へも何かと援助してくれていることには感謝でしかない。
ただ、できることややってほしくないことにまで手を出し、拒否すると「私の気持ちを受け取ってくれない(冷たい娘)」と嘆く母。
「私がいないとダメだから」とどこへ行ってもお節介にあけくれ、「お母さんほど人のために動ける人はいない、大切にしてあげてね」とまでまわりから言わしめる母。
お母さん、幸せですか?
お金がないと生きていけないけど、お金があっても困らず生きていけるわけでもない。
何とか生きていける経済力と、ほどほどに健康な体・それなりに健全な心・ある程度の知能、それさえあれば私は…私は…。
仕事とは?お金とは?幸せとは?生きるとは?